
Câu trả lời của ぬぬはら / 首絞め、アブノーマル催眠
Q. 女の子で僕って言うのはダメなんですか?
A. ダメじゃないですよ!一人称で自己表現できるのは日本語の美徳です。でも社会をうまく生き抜くためには自分の仮面を切り替えることを意識しても良いかも知れないです。
✦駄目じゃない理由
昔に眼を向けてみましょう。江戸時代から、女性は「おら」「わらわ」「おれ」などの一人称を使ってきました(黒澤明監督「七人の侍」とか参考になるし名作だからよかったら見てね。字幕付きがおすすめ)。時代が進み、明治の女学生は「僕」を使うようになっていきます。そして「私」が正解だとされる社会は近代教育(昭和頃)によってできたものです。
その原因の一つは戦争です。できるだけ生徒の個性(振れ幅)をなくし、表現や思想を統一したほうが国としての出力が上がるからですね。親による個別教育や寺子屋という少数教育から「学校での集団教育」になった背景には、工場や兵隊という観点で効率性を上げる必要が(少なくともいくらかは)あったからです。
で、現代。令和!
個を重視する時代に戻ったのですから一人称なんかに囚われなくて全然いいんです。ただ、日本語は一人称がめちゃくちゃありますからね。その中から自分に合ったものを選ぶ必要がある。選ぶ必要があるということは、そこにイデオロギーというか、主張や個人差、少数派や多数派が生まれるわけです。それによってみんな苦しんでいる…ってことですね。
>「分人主義」という考え方があります。家族といるときの自分、学校の自分、友だちといるときの自分と、いろんな自分があっていいし、そのすべてが「本当の自分」だという考え方
この考え方を参考にしてみてください。心の中では自分が男だって良いし、一人称が俺だっていいんです。でも学校では、できるだけ他者との軋轢が生じないように「私」を演じる。そういう生き方は全然間違いじゃないです。
それ以外にも、人生はつらいことばかりだよね。
でもなんとか一緒に生きていけたらいいね。ぬぬはらは味方ですから。
【参考】
▶教育と戦争 ─我が青春に悔いあり─
https://bungeikan.japanpen.or.jp/2736/
▶一人称が「僕」の女の子、「僕」から「俺」に武装する男の子【言語学者・中村桃子】
https://noisie.jp/gender/327/

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cho ぬぬはら / 首絞め、アブノーマル催眠
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