綾野つづみ
綾野つづみさんの回答
同じ言葉を使っていても、みんながみんな、同じようにその言葉を使っているとは限らないという話であれば、児童文学『杉森くんを殺すには』がオススメです! 子ども向けとは思えない「殺す」というタイトルからわかる通り、どんな言葉も使う人によってニュアンスが異なっているということをテーマにした小説です。 https://note.com/nabewata_lit/n/n4f00ef26d9dd さらにこのことを理論的に突き詰めた本といえば、『責任の生成ー中動態と当事者研究』がわかりやすいです。 哲学者である國分功一郎と脳性まひ当事者の小児科医である熊谷晋一郎の対談本で、まさに同じ言葉を使っていても意図しているメッセージは異なるという問題をそれぞれの専門分野から掘り下げられています。 https://note.com/nabewata_lit/n/n388f9bfca314 そもそも言葉は我々の情動を表現するものではなく、逆に、言葉で我々の情動を決められているという構成主義的情動理論を提唱したリサ・フェルドマン・バレットの『情動はこうしてつくられる: 脳の隠れた働きと構成主義的情動理論』も素晴らしいです。 https://note.com/nabewata_lit/n/n23387566d383 これらを踏まえると、そもそも言葉って不完全なコミュニケーションツールであるとわかってきます。でも、言葉よりも他者と意思疎通ができる術を人類は持っていないので、その不備を甘んじて受け入れるしかないというのが現実。故に「語りえぬものについては、沈黙せねばならない」というウィトゲンシュタインの言葉に注目してみましょう。 https://note.com/nabewata_lit/n/n54caa9bae675 従って、「旧友が自分の理解とは意味合いが微妙に違いそうなカタカナ語(アクティビスト、プロテスト等)を当然のように使う様子にショックを受け、自分は口を噤むことを選んでしまいました」ということは至極真っ当。さもなくば、取り返しのつかない対立が生じていたはずです。 会話が不可能になることはとても悲しい。しかし、人生は思ったよりも短く、思ったよりも長い。いつか、きっと話せるときがくるでしょう。それまでの沈黙は仕方がないと思います。
綾野つづみ
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